2018年01月25日

ロリータ・キルズ・ミー 第四章

 ロリータ・キルズ・ミー
神戸牛 若丸


第4章『寒空』



 闇市にて、買い物を終えた後にメルセデスが向かったのは、とっくに廃駅と化している蕨駅の近くにある三階建ての鉄筋コンクリートビルだった。
 お世辞にも綺麗なたたずまいとはいえないが、今も締め切られている、地下駐車場のシャッター前の瓦礫は掃除されていた。さらにその中には世界中の高級車を集めたと言わんばかりの車種の多さがあり、ここがボスの組員たちの集会場であることを表していた。
 ボスは適当に駐車場のど真ん中に止めてエンジンを切った。それを合図として、僕は買い物袋を下ろそうとした。
「ああ、それは持っていかなくていいぞ。今日はパーティーするわけじゃないからな」
「わかりました。じゃあ、おいていきます」
 飲み会ではないとなると、何故こんなところに僕を連れてきたのだろうか。途中で降ろしてくれればここから僕たちのマンションまではそう遠くはないというのに。
 車のキーはロックせず、そのまま僕は酒瓶を持ったまま、エレベーターホールに向かっていくボスの後ろについて行こうとして、歩みを止める。
「どうしました、ボス。忘れ物なら、取ってきますが」
「そうじゃねえけど、確かに忘れモンだな。お前のためのモンがよ」
 そういって地下一階に下りてきたエレベーターの扉が開くと同時に彼は僕に、黒い物体を渡してきた。
 重い。それは、僕にとってとても身近になってしまいすぎたと思っていたもの。
 だけど、彼から受け取った、その黒色の拳銃は、僕の皺のほとんどない右手には確実に重すぎた。
「なにやってんだ。早くしろ」
「――す、すいません!」
 彼は遅れて乗り込んだ僕のことを殴りはしなかった。その代わりに僕のうろたえぶりを見てはニヤニヤと嗤っている。
「なんだ、どうした。いつも見てるだろそんなもん」
「え、ええ。たしかにその通りです」
「思いっきりびびってんじゃねーかよ。笑えるねぇ、いつもソイツで守ってもらってる癖して、自分で持ったら膝が笑うなんてよ!」
 反論の余地もなかった。
 そう、僕はこの人の下で生きていくようになってから、いつも武器に守られてきた。直ぐ目の前で広がる生臭い鉄の匂い、それから焦げるような空気。いつもすぐ隣で僕を守ってくれていた武器を、今自分で手にしている。
 本物は、確かに重かった。ゲーセンの機関銃に似せた模型よりも重く、そして冷たい。僕の感触が僕を攻め立てる。
 ニーナはこんなものを手にして、無防備に戦っていたのか――
「安心しな。今からドンパチやるってわけじゃねぇんだ」
「じゃあ、なにをするのですか」
「そりゃあ、おめえさんのケジメだ。今朝言ったろ? お前らを襲ったやつ等の出所が割れたって」
 そうだった。僕のBMWも、いやそれよりも大切な、愛するニーナを傷つけようとした原因のことだ。
 エレベーターが三階について、久しぶりの事務所は相変わらずタバコ臭かった。事務所といっても彼の自室のようなもの。偶にほかの組合と話をしたり、仲間内で語り合う時に良く使ったりすると聞くが、それ以外のあらゆる匂いが充満していてあまり居心地は良くない。そんな文句にも出せない感想。
 しかし、ボスは応接室に向かうことなく、そのまま廊下を進み始めた。
「どこ行くんですか、ボス」
「だからお仕置きだっていってるだろアホ」
 そういうと、ボスは廊下の突き当たりの先、奥にある天井へと進む階段を上がっていく。カン、カン、と金属を叩く音が遠ざからないように僕は彼についていく。
 存在は知っていても、この上に何があるかは知らなかった。
 階段を上り始めるといきなり暗くなり、びゅうびゅうと、風の吹きすさむ音だけが聞こえてくる。
「先に言っておく。そいつはオートマチックだ。引き金引きゃあ、勝手に鉄の玉が普通に飛び出す。どう使うかは任せる」
「……はい」
 やはりこの人は、僕にこいつを撃たせる気だ。ぐっと、右手に握った38口径の塊には果たして本当に弾は入っているのだろうか。
 そんなことを気にしないと、僕は瞬きすらも忘れてしまう。それくらいに、こいつは僕にある感情を突き立ててくる。
「ほれ、あいつだ」
 開け放たれた鉄扉から、ひとつ大きく冬の木枯らしが吹き込んで目を瞑った。そして、ゆっくりと目を開くと、視界の先には拷問椅子に座る、少しふくよかな男性が寒空に晒されていた。
 夕日のせいにするには赤すぎる四肢の、あらゆる傷から流れ出る赤い血は固まりかけている。しかし、風の寒さに血流が集まってきただけとは考えられない範囲に腫れを作ったその顔面に据わる眼は、片方は瘤で見えなかった。
「ほれ、あいつがセキニンシャだ。うちのシマから情報を端金でそこらの無法モンに流しやがって」
 そういうと彼は持っていた開いた酒瓶で男の顔を殴る。歯が飛んでいった。
「ぅあ……殺して、ころ、して、くれ……」
「起きたかカス。おめーに仕返ししにきてくれたぞ。これでもうちの中じゃ優秀なほうのドライバーなんだ。まあ、命乞いはこいつにやれ」
 耳元で大声で告げた彼は、満足したのか、そう告げると頬に割れた酒瓶の破片を突き刺して僕に向き直る。
 握り締めた右手は、悴んでいて震えが止まらない。足もとから凍りつけるような突風が吹いて、僕はよろけた。
「おいおい、しっかりしろ木偶の坊。寒ぃから俺は下で寝てるわ」
 肩にポン、と手を置いて彼はその言葉に続いて、囁く。
「……あいつはこのままでも死ぬ。そのあとは掃除屋が片付けてくれる。あとはおめぇが蹴る殴る、好き勝手に満足するまで遊べ」
 遊べ。そう彼は言った。
 どうやって? 微かに息はあるとはいえ、このままパイプ椅子に縛り付けておけば、今夜中には死に絶えるだろう。そんな無意味な人間≠ナ、僕はどうやって遊べばいいのだろう。
 こんなことをしている暇があるのなら、今自室で寝ずに隠れ潜んでいるニーナの元へ一刻も早く戻って、彼女にホットミルクを飲ませてあげたい。なんなら今日手に入ったものからホットチョコレートにしてもいい。
 なのに、ボスはさっさと下の階に降りていってしまい、この無機質な屋上に残されたのは、一人の子供と、一人の大人だったもの。
「……なぁ、にぃ、ちゃん……早く、殺すなら殺してくれねぇか……」
 まだ、話す体力と意識があるのが厄介だ。これで動かない死体であったりするならば、僕はもっと簡単に引き金を引いて、人生初の発砲を体験できただろう。だけど、今目の前に存在するモノは、人間であり、死体という、非常にあいまいなラインに座していた。
「……僕は、殺しません。どうせあなたは死にますから」
「そう、言うなよ……殺してくれ、許してくれよ……」
「許す許さないは関係なく、僕はあなたに興味がありません。でも、少し他の事で疑問があるので答えてくれませんか。そうすれば殺してあげないこともありません」
「なんだ……早く、言ってくれ……寒い……」
「あなたは彼を、そう、僕たちを襲った子供たちを、どうやって手に入れたのですか」
「なんだ……そんな、ことか。簡単だ……そこらにいる、残留孤児だ」
 僕の予想は外れることなく、的に命中。だけど、確認したいのはそこではない。
「けれど、あの子は日本人ではありませんでした」
「あいつは……どこか、フィリピン? いや、ベトナム、か……そこらで売られていたはずだ」
 酷い話だ。結局戦争が終わっても、子供は大人達のおもちゃなのか。
 戦前の知識でもそうやって子供達が売買されていることは知っていたし、ましてや、今、この街どころか国中に広がる人身売買は部屋に湧き出る埃みたいにいつの間にか目の前に現れて、拭っても目を背けても無くならない。
「しかし、相当の訓練をしないとあそこまで働け≠ネいでしょう」
「簡単だ、訓練……させんだよ」
「訓練……?」
「あぁ……山の中で、武器を一人一つ、選ばせて殺し合い……」
「なるほど、助かる希望から一転、生命の危機を浴びせて育て上げる」
「そう、だ……そこで生き残れば、次は市街地で殺し合い……暗殺も含め、あがった奴だけ……働かせる」
「彼も、そのエリートだったのですね」
「……あわよくば、お前を殺せたのに、な……」
「そして、その溢れた金を裏で受け取る、大体そんな感じで今まで来たのですかね」
「あたり、だよ」
 まぁ、このくらいは普通ではないかと、残念という感情が生まれなくなった自分もかなり、こちら寄りの人間になったのだろう。でなければ、あんな高級車をこの街で揃えて維持など出来やしない。ましてや販売なんて、ルートが確定していなければ、強盗にあっておじゃんだ。むしろ販売先が確定している商品を並べておけば、権威になる。
 でも、多分ボスは僕が死んだところで、代わりを見つけるだけだろう。
 だが、ニーナは違う。あの子はこの組を引き上げた要因でもあるほどに、『コロシアム』で勝ち続けた。だが、それだけ価値が上がれば、裏で懸賞金だって掛かる。そいつをこいつは狙ったのだろう。
「お話、ありがとうございます。それでは僕はこの辺で」
「……そんなにあの子が……大切か……」
「……まぁ、あの子が死ぬと僕が生きていけないので」
「ははっ、はははははは!!!」
 なにがおかしいのだろう。というかそんなに笑える体力が残っていたのか。僕はそれを無視して背を向けようとした。なのに、男の一言で足が止まった。
「笑えるねぇ! あの子を見初めたのはこの俺だって言うのによぉ!」
「……は?」
「なんだ! 知らんのか。あの女の子も俺が見繕ってきたんだ。しかもタダでよ。感謝しろよ? ええ? ガキ」
 生まれる黒い渦巻いた感情を抑える。僕はドライバーであって、それ以上に仕事に干渉する必要はない。だからそれ以上話さないでほしい。
「おお? やっぱ気に入っているんだな。顔は人形さんみたく可愛い子だもんなぁ? お前もロリコンか? そそるだろう?」
「……」
「ははははは! やっと殺してくれる気になったか! そろそろ感覚もなくなってきたからよぉ! 一発くれればイケるわ」
「……僕は、撃ちませんよ」
「そうか! じゃあ、あいつの裸もみたことないのか? 綺麗だぞ? まぁ、背中の刺青だけは萎えたけどよ」
「うるせぇ」
「おお! やっぱりお前も遊んでるんか! あいつは何でもしてくれるだろ? 口も上手いし、手も柔ら――」
 バスン。
「カホッ――あ、ありがてぇ……に、しても、なんだまだ、ヤッて――」
 バスン。
「ガッ」
 その一瞬、記憶の端にあったような、いや、ないような。曖昧になりすぎてどうだったか判らない模様が、彼の上着と共に吹き飛んでいった。
 バスン、バスン、バスン………………


 日の落ちた冬の風にしては、少し湿った風を断ち切るように僕は屋上のドアを閉めて、一直線に事務所に下りてきた。
 事務所のソファーで、ボスは体を倒していた。
「おせぇぞ、アホ」
「すいません」
「おめぇ、全弾使いやがったな」
「すいません」
「面倒な辛気臭い空気吸うために呼んだんじゃねぇぞ。満足するまで、遊べっつったろ」
「……」
「たく、面倒臭ぇ。帰れ」
「一つ、質問してもいいでしょうか、いや、聞かせてください」
「酒どこだ? アードベックどこやったんだあのクソ」
「ニーナの、拾われたところって、どこらへんなんですか?」
「知らねぇ。おめぇが殺したやつにしかわからないだろうな。興味ねえし、それより酒持って来い」
「……はい」
「ハイボールにしろ、奥に炭酸がある。……お前、明日また仕事だ。次は夜戦だから下の車ん中に備品入れてあるから忘れんな」
「ありがとうございます」
 そのあと、僕は彼にラフロイグも追加で用意して、地下駐車場に戻った。
 そこには綺麗に直ったBMW Z4クーペが新車≠ナ用意されており、僕は既に差し込まれたエンジンキーに触れることなく、作った拳をハンドルに叩きつけて、駐車場一面に頭の痛くなりそうなホーンの鳴り響く音を聞いて痛みをこらえていた。
 帰宅中、僕は死体を二、三体わざと踏み潰してみた。ボキッという音が床下から聞こえてきただけで、それ以外に問題はなかった。そう、なにも。
 街灯のない、旧国道を百八十キロで通り抜け、車の様子を確認するために、少し湾曲した旧市街地をサーキット代わりに走り回ってから、マンションへ帰宅した。
 中々エンジンが切れない。空けた酒瓶からいくつか液体が漏れていたが、それを閉めることもできない。
 僕は、彼女に会うことを何より楽しみにしていたはず。ニーナを愛していることが、僕が生きている証明だったはずなのに――
 屋上から飛んでいった、刺繍を見た過去は、本当に僕にあったのか。
 学校の家庭科授業中、彼女の趣味だといっていた、魔法少女もののアニメーション作品ロゴ。たった数週間だけやっていた、今では誰も覚えていないだろうマイナー作品。
 何故、なんで、どうして……まとまらない考えを抱えたまま、僕はふとハンドルに突っ伏した目線を上げた。


 ――天使が、そこにいた。


「……ニーナ」
「――――」
 ガラス越しに見えた、白い髪を流している彼女が、僕に向かって、僕の目を見て何かを告げた。
 それは神様からの恩恵よりも暖かく、ありがたく、大切にしたいと思う言葉だった。
 車を降りて、彼女に駆け寄る。途中で躓いて転げそうになったけど、どうにか彼女を抱きしめられた。
「……」
「……」
 彼女に抱きついたのは初めてだった。初めての彼女の躯体は、思った以上に細く、小さく、だけど、暖かかった。
 だから、それをなくしたくないと、僕のエゴの塊が汚い口から零れてしまったのも今この瞬間だけは許してほしかった。
「ただいま」

続く
 
posted by 新月 朔 at 15:19| Comment(0) | ロリータ・キルズ・ミー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。