2011年10月18日

黄昏のクロス・ウォーリアー 〜さまよう旅人〜 第一回掲載分 作:米村亮

 


〈プロローグ〉


その戦争の原因はわからない。惑星上で起きていた紛争、戦争地域が突如急速に拡大し、地球全土が戦場になってしまったのだ。この現象は神々が人に最後の戦争、ラグナロクを告げるようでもあったという。
この戦争は多くの人と兵器が投入されたのにもかかわらず二十年続くことになる。この長い戦争の間、惑星は、生物は、そして人類は多大な影響を受け続けた。
高エネルギーの衝突で惑星の平均温度が上昇し、砂漠化を引き起こす。結果、大陸面積の七十%の大地が砂に変わった。さらに新兵器の開発実験が重なり、その惑星の生物のほとんどが絶滅。人類もまたこれらの影響で全人口の百分の一にまで激減した。この戦争がもう数日続けば、世界は滅んでいただろうというのが生き残った知識人たちの共通の見解だ。当然、機械文明は崩壊し、終戦後に調べたところ国や組織などは一つも存在しなかったという。
結局、惑星上に勝者も敗者も存在しなかったのだ。いや、敢えて言うのならば全人類すべてが敗者だったのかもしれない。なぜなら、戦後を迎えた彼らを待っていたものは最大規模の嵐が過ぎ去ったかのような深い深い爪痕だったからだ。機械に頼る生活を送り続けた人類にとって、生活レベルが大幅に低下し高エネルギーの衝突で生み出された砂漠の世界はまさに地獄でしかなかった。このあまりの悲惨さから人類はこの戦争を“この世の終わり”―“The End”と呼んだ。人々は自分たちの手で世界を変えてしまった行為を後悔し、生きる希望を失ってしまった。
しかし、そんな人類の前にある救世主が現れた。それから与えられたものは全て、生き残った人類にとって素晴らしいものだったが、実現化に時間を要した。なぜなら、それが戦火の中で実現する前に使用者達全てが“The End”によって消えていたのだから。
それは皮肉にも“The End”によって生み出された軍事技術だった。そのことに最初に気付いた人は恐れ、怒り、悲しみのあまり精神の病に伏したという。
多く軍事技術を記憶した箱―ブラックボックスの正体を知った者たちの中で激しい議論が繰り広げられた。ある者たちは技術の放棄を訴えたが、技術なしで生きてゆくには、ここはあまりに厳しい環境だった。結果、ブラックボックスは保管することになったが同時に全ての人類が誓いを立てた。“もう二度と争いを起こしてはならない”と。
人類はボックスを戦争の道具としてではなく、生きるための道具として扱い、悪用されないよう、箱の中身を細かく分けて保管することにした。そして、自分たちの志を絶やさないために子や孫に何度も繰り返し教え続けた。“The End”が招いたこの世の終わりを。
こうして再び痛みを知った彼らの志は次の世代の人々へと引き継がれていき、その次の世代へと続いていった。ついに人類は争いのない共存の日々を再び手に入れた。全ての役割を果たし者達はこの平和がいつまでも続くよう祈りながら大地へと消えて行った。

これが今に伝わる“第二の誕生”である。“The End”終結から五○○年、まだその爪痕を残したままだが、人類の生活が安定してきた。
しかし、散った者たちの願いは、時という名の風によって吹き消されようとしていた。
 この時代の人類は生きるために残した技術を悪用し、再び争いをはじめるようになる。それはまるで、軍事技術が本来の機能に戻るかのように。
完全な平和を取り戻すためには“The End”以上の痛みをもたらさなければならないのか。再び争いが世界を包み始める時代。これは、そんな時代での物語。



 まるで映画の舞台にいるかのような風景だった、僕が最初に見て思った感想がそれだった。
辺りのビルは炎に包まれ、天に吸い込まれるかのように高く高く伸びていた。それはとても美しいようにも思えたが立ち込める煙と飛び散る火の粉のせいで凝視することができない。燃える一本一本のビルが僕には見覚えのあるものだったが、面影は消え去り、今まで懐かしんでいたここのにおいも今では焦げたにおいに変わり、息苦しかった。「ここはもうお前の居場所ではない」街がそう告げるかのように、そこには僕の思い出らしきものがなくなっていた。
街のなれの果てをみとった僕は歩き始めた。いくら歩いてもその先に見えるのは数えきれないほどの火柱が並ぶ灼熱地獄。
でも、そんなことはすでに知っている。今までにもう何十回も同じものを見ているんだから。そして、この続きを僕は知っている。本当は見たくないのに。それでも僕の歩みが遅くなることはなかった。
ふと、ある場所で足が止まった。どうやら着いたらしい。真っ赤な炎に包まれた街とは違い、そこは真っ黒な炎が包んだ平原だった。真っ黒な火の海の中に一人の人影を見つけた。顔が見えなかったが十歳前後の少女に思えた。ぼろぼろで色あせた黄色いワンピースを着たその少女は両膝を抱えながら泣いていた。その泣き声はとても暗く僕の心をキリキリとえぐるように響いてくる。何度聞いても彼女の泣き声だけはとても耐えられないものだった。それなのに、僕は目をそむけることができず彼女を見続けてしまった。
知っている。僕はこの子を知っている。声をかけたことがないのについさっきすれ違ったわけでもないのに彼女を知っている。
守らなきゃ、守らなきゃ。
なぜ?
この子をこれ以上悲しませちゃいけないから。
何から?どうやって?
わからない。
わかるはずもない。僕は、僕は…。
いくつもの声が頭の上を飛び交い何かがマヒしようとしていた時、炎が彼女の近くまで迫っているのが見えた。
いけない。
僕はとっさに前に出て、
“泣くな。一緒に逃げよう!”と叫んだ―はずだった。
少女は泣きじゃくったまま反応しない。
聞こえないのか。
違う。この時になって僕はやっと気付いた。
声がでない。何度も、何度も叫び続けぼうとしたが空気しか出なくて声にはならなかった。さっきまで動いてくれた足はまるで石のように重く、体も全く反応しない。まるで、自分の体が自分のものではないかのようにただそこで僕は突っ立ていた。
そうしているうちに彼女の近くに炎がせまり、今にも彼女の髪の毛の焦げたにおいが漂ってきそうだった。
「来い!危ないぞ!行くな!」と、最後の力を全て振り絞って叫んだ時、糸が切れたかように僕の体の膠着は無くなり、軽くなった。
拘束が解かれた僕は走りだし、せめて、彼女を突き飛ばして逃がそうと腕を限界まで伸ばす。間に合え、間に合え、と焦る気持ちをあらわにして。
しかし、その時にはもう遅かった。炎に包まれた少女はこの世を呪うかのような泣き声を残しながら消えていった。苦痛に満ちた彼女の声はそれからも聞こえ、耐えきれず僕は耳をふさいだ。しかし、全身が耳になったかのように彼女の声は体中に響き渡る。
熱い。
苦しい。
逃げ出したい。
この苦しみから逃れたい。
声を通して伝わってくる少女の痛みに耐えきれず、僕は地に膝をついて泣いた。声にならない声で腹の底から僕は叫びながら泣いた。それが苦しみから逃れる精一杯の手段だった。そして、頭の奥から声が響いてくる。
この子を守ると誓ったのに、
彼女の恐怖を薙ぎ払うと誓ったのに、
そして・・・。
いつの間にか、服に火が付いていたが、熱は感じず、匂いも鼻がマヒしているのか、何も臭わない。感じたのは単なる消失感だけだ。
同じだ。
今の僕は何もできない。
何もできないまま消えるのか。
そんなどす黒いものに包まれた自分の心は体と共に絶望という名の炎に包まれていった。

ピピピピピピピ・・・・・
 耳に響くこうるさい音で僕は目覚めた。体中から流れ出る汗、激しく高鳴る心拍、何もかもが現実味を帯びており、ギィギィ、と不快な音を出すベッドについ安堵感すら覚えた。
徐々に感覚が覚醒していくにつれ、寒さで身震いした。ここの壁によって室内の温度は外気の温度に比べだいぶ緩和されているが、それでも氷点下に達したこの街の寒さを完全に防ぐことはできない。しかし、おかげで目が覚めた。
旅の途中で燃料と食料の底が尽きた僕はこの街へ立ち寄った。ここは、確認されている全陸地の一〇%しかない人の生活エリア―ポリスの一つである。人口3万人の人達が住むこのポリスはある難所の前の補給地点として多くのキャラバンや傭兵達が立ち寄る。僕もまた彼らと同じ難所へ向かうだろう。前回と同じ方向を示していたら。
僕には不思議な能力がある。先の夢が次に向かうべき方向を告げてくれるのだ。最初は単なる気まぐれでそれに従って旅を続けた。しかし、まるで呪いのように僕はそれからも毎回あの夢を見る。しかも見る度に告げる方向がまちまちなのだ。いつしかその夢は僕にとって信じてみる価値のあるものになっていた。今ではほとんど何も考えていない。進路は夢にまかせっきりで泊まる場所と食べ物だけを考えている。
そんな状態が二カ月も経ち、時々頭の片隅であの夢に出てくる少女が気になり始めた。過去に何度か思い出そうとしたが、その都度、体が異物を拒むように思考が急に停止した。だから、なるべく考えないようにしようと努めている。この旅の終点で正体がわかるだろう。そう自分に言い聞かして。
近くに窓を見つけた僕は、窓を開け外の世界を覗いてみる。顔を出した瞬間、冷たい風がビュー、ヒューっと耳にささやき、冷たい感触が頬を掠める。
この砂漠の世界では日中が四〇度を優に超え、夜になると気温は一気に氷点下にまでさがる。日の出の近いこの時刻でも三度くらいしかないだろう。夢を見る度にこの行動をとっているため、この冷たさにはもう慣れている。
いくつもの家々が立ち並び、小さな風の音が耳に響くだけでまだ辺りを静けさが包んでいた。この静けさを聞くたびに僕の心は和み、冷たい空気のにおいをかぐ度に迷いが消える。しかし同時に、孤独感を感じずにはいられなかった。
地平線の向こうからほんのりと明かりが灯し始めているのが見えた。目を凝らすと夜明けの太陽の前に果てしなく続く砂の大平原が家々を包み込むかのように広がっていた。
ヘリッシュ砂漠、この街の人たちはそう呼ぶ難所だ。なんでも、ポリスから少し離れたところに盗賊が住まい、さらに奥へ進むと過去の戦争―“The End”によって突然変異した生物―アンダーワームが生存しているらしい。そのため、ヘリッシュ砂漠は毎年行方不明者が絶えない世界一危険な砂漠なのだそうだ。夢が示した方向は前回と変わらず、その砂漠を指していた。どうやらそこが僕の向うべき場所らしい。
「おや、いい風だ。旅立ちにはちょうどいい」
背後から聞こえた声の方向に振り向くとここの宿主が立っていた。このポリスでは見かけない服装に身を包んだ老人はにこやかな笑顔をしていた。光を見ることのできない彼の瞳は僕の方へ向いているが、どこか遠くの世界を眺めているかのように僕には見えた。
目の見えないこの老人は占いを商いとしており、宿を探す僕に声をかけてくれたのが縁で家の空き部屋を借りて、三日間ほど寝泊りしている。彼の他に弟子一人が住んでおり、もう一部屋を借りて砂漠横断の準備を手伝ってもらった。
「道が見えたか」そう言った老人の声は静かな冷たい空気を伝って全身に響いた。僕は首を縦に振ると老人は満足気な顔をして何かの呟きながら右の二本の指で三回空を切った。それが終わると彼は僕の手に木でできた小さな人形を置いた。
「お守りだ。良き風が君を導いてくれるだろう」
「さあ、行け」という老人の言葉に従い僕は荷物を抱え、家を後にした。空部屋で一人になった老人は夜空を見上げて、口を開く。
「かの者の中に多くの風が宿していた。おそらくは・・・」

外に止めてたバギーに乗った。ソーラーエネルギーで稼働するバギーは最大で砂上戦艦並の馬力を発揮するという。もともと、“The End”から生まれた負の遺産の一つらしいが、今のこの世界では多くの人類が利用する砂漠の必需品だ。
やはり、バギーの中はかなり寒かった。一晩中外に置いたままだったから当たり前なのだが。スタートボタンを押すと、静かにモーター音が車内に響いた。しかし、今一つモーターの調子が優れず、獲物を狙う獣の唸り声に聞こえた。少し焦りすぎたかと僕は思いながら座席でモーターが温まるのをじっと待った。本当なら日が昇ってしばらくしてからの方がすぐに動かせるが、今は先を急ぎたい。
僕は後部座席の方をからポットに入れてあるコーヒーを見つけ出した。一晩中そこに置いといたのにポットのふたを開けてみるとそこから暖かな湯気が立っていた。カップにコーヒーを注ぎ入れ、ゆっくり飲み始めた。口を通して体中に温かさが染み付いていくのを感じた。僕はコーヒーを二杯飲んだ後、瞳を閉じてモーターの音を聞いた。ウィーという回転音が耳の奥に響きわたり、雑音は全くしなかった。そろそろ温まってきたな。そう判断した僕はハンドルを握り、アクセルを踏む。バギーは豪快に砂を蹴り、道路を疾走する。
家々が並び立つ住宅地を抜けるとそこはメインストリートである。まだ早朝前のためストリートには大型のトレーラーしかなく、バギーは僕のものしか走っていなかった。ストリートを走りながら僕は右側の建物に目を移した。二階建ての店がまだシャッターを閉めたままの状態で立ち並び、夢に出てきた大きな建物は一つも見当たらなかった。唯一大きな建物があるとするなら、ポリスの中央にあるシンボルタワーしかない。その名の通り、ポリスのシンボルとして建設したそれは砂漠の旅人たちが遭難した場合に備えて、灯台の役割を果たしている。そのため、そこだけ他の建物に比べかなり高く、シンボルタワーの頂上は今もライトで光り続けている。僕が向っている方角はほぼ南東。当然、ヘリッシュ砂漠へバギーは走っている。「危険」という言葉が胸の奥に響いたがなにも恐れることはない。
だって、その向こうに僕の求めているものがあると信じているから。
太陽が左の方から昇ってきた。時刻はもうそろそろ朝の目覚めを告げようとしていた。

まさか、あんな形でこの旅が終わるとは、その時の僕は知らなかった。


































〈No1:放浪〉

 聞きたくなかったあの言葉、待ちに待ったあの言葉。
何であんな時に彼は言ったのだろう“愛してる”と。
そして、なんで彼は逝ったのだろう。
あの日以来、彼の言葉は私の傷。



 窓から見渡す景色は砂と岩しかない砂漠の大地、ヘリッシュ砂漠。世界最大の砂漠であり、気温も四十五度は軽く超える。しかし白い壁と機械で包まれたそこの温度は程よく、景色も常に変化を続け、辺りは低いエンジン音が小さく響いてた。
どうやら、そこは乗り物の中の一部らしい。
そして、ほぼ中央に二人の人がいた。一人は赤い長髪を束ねてあり、クリっとした丸い目がかわいらしい少女だった。もう一人はデェスクに顔を隠して寝ていたが、肩甲骨くらいまで伸ばした黒髪と細い体のラインから、誰だって女性だと断定できる。
「マヤ、マヤ、マ〜ヤ」
活発そうな少女はまるで壊れ物を扱うかのような声で秘書のような女性の肩をゆすりながら呼んでいた。誰もが起きてしまいそうな声に彼女―マヤ=ミカワは反応せず、デェスクの上で寝たままだった。それは周りにあるすべてのものを拒絶しているようにも見えた。
本当のところ、彼女を起こしていいものなのか困った。しかし、もうこれ以上彼女を甘やかしてはいけない。これから先のことを考え少女―リール=トードはマヤを必死で起こそうとした。しかし、マ見打でぬれた彼女の裾を見て、起こそうとする手を止める。
やる気をなくしたリールは手を下し、彼女の寝顔を見た。今は“あの夢”を見てないらしく、穏やかでかわいらしい寝顔だった。
「こんな寝顔だったんだ」
ほっとしたリールはぽつり、そう呟く。
今までいつもマヤに起こされてばかりだったので、この状況はリールにとって新鮮なものだった。
半年前、いつも寝坊ばかりしていたリールは、その都度マヤに起こされ続けた。起きるときに最初に見るのは彼女の笑顔だった。あの時の彼女はとても陽気だった。まるで、お日様ではないかと思うくらいの優しい笑顔でマヤは起こしてくれた。リールはそんな彼女の笑顔が好きで好きで仕方がなかった。
しかし、今はその笑顔を見ることができない。笑う時があってもリールには、まるで仮面をかぶっているように見えた。必死で彼女を笑わせようともしたが失敗し、その度に友人を救えない自分の無力さにリールは悔しかった。
何で彼女をこんな目に合わせるの。
その答えの先には“彼”がいた。いつの間にかその悔しさを“彼”にぶつけたいと思うようになっていた。マヤのあの笑顔を奪った彼に。
一分くらい寝顔を見た後、リールはマヤの席の反対側にある自分の席に戻った。だが、仕事がないのか、リールはお気に入りのパズルのピースをかちゃかちゃずらしながら一人暇を持て遊んでいた。その時の彼女の顔は悲しそうだった。

三十分くらいが経ち、男が一人ブリッジに入ってきた。袖なしのジャケットに少し汚れ気味のズボンをはき、おとなしそうな顔立ちをした青年だった。しかし、彼の目ははっきりと何かを見据えているかのような力強さを感じさせた。
二人の姿を一瞥したあと、男はリールの方へ向かった。
彼女はマヤと同じような姿勢で、明らかに寝ていた。
このあどけない寝顔に青年は動じず、むしろあきれて言葉が出ないでいた。彼は一回大きく深呼吸した後、少し大きめな声で“わっ”と叫んだ。
後ろからの声に驚いたリールは暇つぶしで使っていたパズルを机から落とし左右に首を振り、警戒態勢になっていた。
「あまりだらけていると艦長に叱られるぞ」
ため息交じりに言う青年の声に気付いた彼女は後ろへふり返ると、目の前でまじめな顔で彼が立ちはだかっていた。
いつの間にか寝ていたことに気付いたこの居眠り常習犯リールは、ははは、と笑いながらそっけなく彼に話しかけた。
「・・・オッス、ウォル」
「なにが『オッス』だよ。お前いつも怠けるから監視して来いって言われて来てみたら。なんだ、この様は。これは報告しないとな」
茶を濁そうという彼女の試みは見事に失敗した。逆に彼の返り討ちにあう。よほどここの艦長が怖いのかリールは子供みたいにあわてて謝る。
青年―ウォル=ポッパーはため息をつきながら、さらに先と向かう。そこにある操縦席に座り、あたりを見渡した後、リールのデェスクに来た。ウォルの仕事はこの船の操舵主なのだがそれは緊急事態に入った時や狭い通路を通る時くらいであり、普段の操縦は自動制御である。彼の普段の仕事は一日に五回の自動制御の進路チェックとここでの見張りだけである。つまり、今の彼はリールと同様、いやそれ以上に暇なのである。
「ねぇ、あまりここで大きい声出さないでよ。マヤまで起きちゃうでしょ」
リールは口をとがらせながら言った。
「ここで寝る方がおかしい。確かにあんなことになったのには同情するけど」
ウォルがそう言った後、この話の続きをマヤの前ではしたくないのかリールはすぐに別の話題に変えた。二人の会話はほんの数分で終わり、その後はお互い黙って景色を見て暇をつぶした。いくら一緒に旅をしているからといってここまで短い会話をしたのはリールにとって初めてだった。半年前にはあったはずのものがポッカリ無くなっているようにリールは思えた。
彼女は周囲の様子をうかがい続けた。
前方問題なし。
右異常なし。
デェスクに映っている外の風景をリールはじっと見続けた。ウォルがいる以上彼女に睡眠という選択はなかった。

マヤが起きたのはそれからまもなくである。
頬に伝うものを彼女は急いで拭ったが、さっきまで泣いていたのは明らかだった。また“あの夢”を見てしまったのだ。
それに気付いていながらも、リールは涙の存在に気付かなかったふりをして、寝ていた友人にため息交じりに言った。
「だめだよ。こんな所で寝てると艦長に叱られるよ」
居眠り常習犯であるリールに叱られてもマヤは穏やかな声を響かせて同い年の友人に感謝し、にこりと笑った。相変わらず元気がなく彼女の笑顔はどこかぎこちなく見えた。
マヤは艦長の居場所を尋ねた。何か相談事があっただろうか思いながら、リールは各地点設置されてあるカメラで艦長を探した。
「艦長なら今展望ルームにいるよ」
艦長を見つけたリールがそう答えるとマヤはリールに留守を任せ、一人展望ルームに向かった。
マヤが出た後、リールはウォルの方を見た。
彼は読み古した雑誌を頭の上に乗せ、小さく寝息をたてている。
いつもウォルはいやな起こし方をした後叱るため、彼女は仕返しのチャンスだと思いニヤリと笑った。
彼女は静かに彼の背後に近づき大声で、
「ああ、メシーが倒れた!」
その声にウォルは急に起き上がり、血相を変えて右左へとわただしく首を振って見渡した。
ウォルは背もたれに体重をかけ、リールの方に顔を向けた。
彼の驚く姿を見たリールは体をくの字にして笑いを堪えている。
いたずらの主犯である彼女に一杯食わされたことに気付いた彼は、は〜とため息をつく。
ようやく笑いが収まったリールは上半身を起こし、涙を拭いながら言った。
「ふふふ、嘘だよ〜。もうウォルって騙されやすい人なんだから」
「だ・・・誰だって驚くさ。おまけに俺達はまだ結婚してないし、それにお前の方がよく騙されるだろ」
 「ふふふ、隠さなくたっていいんだよ。でもいいな〜メシーは。こんなに心配してくれる旦那様がいて」
 彼女のペースに乗せられているウォルは耳まで赤くしてそっぽを向く。
そんな初々しい彼を見てリールは微笑みながら考えてしまった。あの事件さえなければ、“二人”はウォルとメシーのような関係になれていたのか。二人の関係はウォルとメシー以上だった。でも、どこか二人の距離は遠く離れているようにリールは見え、そんな矛盾を含んだ二人の関係に耐え切れなかった。そのため、リールはずっと“彼”の事が好きではなかった。本当は“彼”に嫉妬していただけかもしれない。今の感情だって“彼”への嫉妬の言い訳かもしれない。嫌な女だな。いつの間にかリールの表情は三十分前のものになっていた。まるで今までつけていたピエロの仮面を外すような切り替わりだ。
一回深く息をついた後、彼女は再び話始めた。その時には仮面をつけなおしていた。
「このままマヤも立ち直って彼氏を作ればいいのに。なんで彼は気付かなかったのかしら、マヤに言ったあの言葉が彼女に重くのしかかっていることを」
ウォルはいきなりそう言いだしたリールの言葉に反論したかった。彼女の言葉に絶対的に違うことがあるように思えた。しかしそれが何なのかもわからずに言うことはできない。その一言で“彼”という存在を変えてしまうから。だから、確かなことを一言つぶやくことしかできなかった。
「違うと思う。あいつの言葉は死ぬ人の声には聞こえなかったと俺は思う」
それだけ言って、彼は外へ向きなおして監視を再開する。どこか的を射てない答えだったがこれ以上のことはウォルの口から出なかった。
リールも彼の言葉に「ふーん」と言った後、何も言わなかった。言えるはずもない、死人がその言葉の意味を言わなかったし、これからも言わないんだ。ましてや、“彼”ではないやつに聞きだそうとしたって出てくるものは無い。
死人に口なしという言葉がどこかの国の言葉であったらしいが、よくそんな言葉が思いつけたものだ。リールはふとそんなことを思った。
「あれ、マヤのやつどうしたの?」
「艦長のところへ行ったよ」
ようやくマヤの存在に気付いたウォルの質問に、リールはため息をついてから言った。



 ルシウス、それが艦長―ロバート=ファエルの乗る砂上戦艦の名前だ。
彼はそこの展望ルームに若い女と一緒にいた。紫交じりの長い黒髪を持つ女性の肌は透けているかのように白くとても美しかった。
一方ロバートは白髪の少し交じった茶髪をオールバックにしていた。茶色く焦げた体は筋肉がついてがっしりとしていた。また腕だけでも二、三か所に傷が見える。ロバートの姿は目の前に広がる砂漠の過酷さを十二分に物語っていた。
女はコートで傷を隠した彼の胸板をさすった。彼女の仕草にロバートは少し恥ずかしかった。たとえ彼女が人間ではなくても。
「この傷がもとでマヤちゃんに降ろされましたよね」
ふと、女は懐かしみながらそう言った。二十代に見える彼女の口調はまるで長年生きた老婆のような穏やかさを持っていた。
「そうだな。あの時はさすがに参ったよ。なんせ娘にあんな泣き顔でとめられたら、降りざるを得ないだろ」
「丁度こんな感じでしたっけ?」
言葉に反応してロバートが隣の女性に顔を向けると、そこにはさっきの女に代わって一人の女の子が立っていた。幼い子のマヤだ。今の面影を残す少女の声はさっきまでいた女性のものだ。
その少女は急に女の子らしい声を出して泣きだした。その光景にロバートは苦笑いしていた。
「オイ、ルナ、やめてくれ。いつまで見せるつもりだ。AIが人をからかうもんではない」
は〜い、と女の子が返事すると姿が消え、さっきまでいた女性の姿が現れた。現れた彼女―ルナはクスクスと笑いながら当時の思い出を懐かしみながら話し始めた。その仕草はとても彼の言ったAIには見えないくらい人間らしく、少し透けてはいるが、質量まで感じられそうな彼女の立体映像が拍車をかけますます人間と見間違えてしまう。
作られた当初からAIは人間に似ているくらいの感情表現を持っている。しかしそれは“似ている”、つまり模倣にすぎない。ルナのような域に達するには相当の年月が必要である。事実、「彼女」と呼ぶにふさわしいこのAIは約五〇年間稼働し続け、今ではロバートとともにこの砂漠がほとんどの世界を見つめ続けた彼の相棒なのだ。
この立体映像システムはルシウスのメカニックマンの悪趣味によってつくられたものである。しかし、これによってAIと人との関係がより親密に感じられることに関してロバートはそのメカニックマンに感謝している。“The End”の前の時代もこんな交流があったのだろうか。ロバートはそんな過去に少し憧れ、それを体験しているかもしれない自分は幸福な人間であると思った。だけど今はその感情になれるような状況ではなかった。
そんなロバートの思いを察したのかルナは急に表情を変え、話を続けた。この急な切り替えの早さは彼女がAIであることを唯一物語っていた。しかし、この顔こそが普段の彼女のもので、彼女の本音ともとらえられる。今のAIの気持ちも私と同じか―彼はふとそんなことを思いながらルナの続ける話に耳を傾ける。
「そして、あなたに代わって“彼”がひった。私がついていながらあんなことが起こるなんて。本当に情けない限りです」
「気にするな。君は十分に役目をはたしている。ただ、運が悪かっただけだ」
ルナはロバートの言葉に驚いた。確かにこの世界において運は絶対的な力である。しかし、全てを運で片づけて良いのであろうか。いくつかの要素に因果の結果があるのではないか。ルナが反論しようとした時、ロバートはあかる気な声で言った。
「しかし、彼は死んでないかもしれない。遺体は発見されてないんだからな。私はこの運にかけているのだよ」
開こうとしていた口をルナは閉ざし、少し微笑んだ。彼らしい答えについおかしさを彼女は感じた。
ロバートのポジティブな思考をルナは尊敬している。しかしそれでも、とてもそうとは彼女は思えなかった。AIだからという理由もあるかもしれないが、計算したところ彼がいなくなった場所からの生存確率はわずか0.0001%。どこかで死んでいるとしか考えられない確率だ。そして、そのことも彼は知っている。
それなのに、なぜロバートはその0.0001%を信じているのか。その答えの根拠をルナの中にある全ての情報からみいだすことはできなかった。しかし、それが人間の心であることも五〇年間稼働し、蓄積した新しいデータにより彼女はわかっていた。
だからこそ、あなたの言葉を信じて従うことができるのだ。そんな澄み切った気持ちになれたのもロバートのおかげである。そうルナの経験が答えてくれた。
「パパ」
急に聞こえた後ろからの声に引かれるのようにロバートが振り返ると入口にマヤが立っていた。
彼女の今にも泣きそうな顔はルナがロバートに見せた幼かった彼女と重なり、ロバートはただ黙っていた。
マヤの体全体は震え、目は恐れと疲労の色でいっぱいだった。この状態は二カ月前から起きていた。理由はもちろん知っていた。
彼はマヤに近づき、その小さな彼女の肩に手を置いて言った。
「どうした、こんな所に来て。また、あの夢を見たのか」
コクリとマヤはうなずいた。
彼らの近くにいたルナはいつの間にか消えていた。二人の邪魔をしてはいけないと思ったのか、それともマヤに気を使ったのか、それともその両方か。
「あの夢を見るたびに思うの、彼が・・・ジュンがまだどこかにいるんじゃないかって。でも、自信がないの。だって、夢の最後に彼、死んじゃうんだよ、“愛してる”という言葉を残して。もう、これ以上耐えられないよ。」
ロバートは、必死で泣くのを堪える娘を優しく抱いた。
海と砂漠で囲まれた世界では死と背中合わせで生きていかなければならない、これは誰もが知っている。ロバートもまたマヤにそれを伝えた。
しかし、マヤは失ってきたものがあまりに多すぎた。常に心の支えを求め、失い続けた、それがマヤの深いコンプレックスになってしまったこともロバートは知っている。
そんな子に唯一できることは、こうして父として彼女を抱いてやることしかできないのだ。かつて、死んだ父が自分にしてくれたように。
ブー、ブー、ブー
急に警報が鳴り出した。
ロバートはマヤから離れ、ルナを呼んだ。彼の横から現れたルナを見てマヤは少し硬い表情をしたが、そんな彼女を変化に見て見ぬふりをしているかのようにルナはロバートに報告した。
敵の数は四機のCWで編成された盗賊である、と彼女は言った。
CW―クロス=ウォーリアーの略称であるそれは五〇〇年前の戦争“The End”よりはるか前の時期に開発されたパワードスーツの兵器である。
このCWを使った略奪は最近増える一方である。そのため、長距離の旅をする際その安全を守るためロバートたちのような傭兵集団―“ヴァルキリー”に依頼するのが当たり前だった。
しかし、続く彼女の報告にロバートはぎょっとした。報告によると盗賊がバギー一機のみを追っているらしい。こんな砂漠の中で軽装備に近い状態で横断することは自殺行為に等しいことである。契約したヴァルキリーとはぐれてしまったのか。それとも錯乱者か。
それでも、この状況を見逃すことはロバート含め、ルシウスのクルー全員の信条に傷を付けることである。
頭に浮かぶ疑問を一気に振り払ったロバートは出撃命令を出し、マヤと展望ルームをあとにした。このとき彼の顔からは父としての面影が消えていた。



 そいつらはみんな大きい。どう見ても機械でできているにもかかわらず姿、動きは人間そのものだ。全長は十二メートルくらいで四機は揃ってカーキー色にしている。頭部にはゴーグルのようなものを付けていた。
そいつらはどこから発しているのか分からないが、食料、水、燃料などを要求していた。
今から一時間前、砂漠の横断を始めてから四日経ったときに僕は盗賊に見つかってしまった。
僕はアクセルを力いっぱい踏み、必死で逃げているが、そいつらは驚くほど速かった。隆起の激しい所に逃げ込んだが、そいつらにとっては気休め程度にしかならず、障害物を軽々と飛び越えて走り続ける。
そのうち、バギーとの差がみるみるうちに縮まっていき、追いつかれそうだった。
 「俺たちの要求にこたえれば、命だけは助けてやるよ。」
 四機のうちの一機がそう言った。これでおそらく二○回目の勧告だろう。僕はそれを無視する。こんな砂漠の中を身一つで生きることなどできるはずがないことはすでに知っていた。それでも、僕は生き残らなければならない。生きて生きてあの子の元に・・・。
 ガチャ
五分くらい経って、しびれを切らした他の一機が銃を構えたのがバックミラー越しに見えた。
来る。
僕はハンドルを右へ回す。
 ドドドドド・・・。
ハンドルを切るのと同時に銃口から火が吹いた。重たい銃声が後ろから響き火薬のにおいが鼻に突いた。弾丸の着地で生じる砂塵が車をたたき視界を奪われる。
今度の回避は少し遅れ、何発か掠ったがエンジンに影響はなかった。しかし、もうこれ以上回避するのが困難になった。左右を見渡しても壁しかない。やつらはここに来るように仕向けたのだ。おまけに、四機のはずがいつの間にか二機に減っていた。回り込んで出口を塞ぐ手段にでたに違いない。そいつらは完全に遊んでいる。その事に気付いた僕は思いっきり舌打ちをしていた。

 十分が過ぎた。レーダーに残りの2機の反応をとらえた。一〇キロ先はカーブしかなく、その先にやつらがいる。やはり待ち伏せだった。しかし、そこは広い荒野になっている。何とかすれば逃げれるかもしれない。僕は覚悟を決め、カーブした。
しかし、そこにいたのは僕を追っていたやつらとは違った。その二機は顔に目が付いているからだろうか。それとも、僕を追っている盗賊のより派手なデザインをしていて各機に個性感じるからだろうか。1機は赤で細身なボディーに竜のような模様が付いたかなり目立ったやつだ全体を見る限り本で読んだ前時代の東洋の国を連想した。一方、相方の方は赤いやつとまるで反対でがっしりしたボディーラインをオレンジでコーティングされている。二機とも頭につば先のとんがったヘルメットのようなものをかぶっていた。そして、個性を感じさせる二機の足元に回り込もうとしていた地味な二機の残骸があった。どれもあったはずの頭部がなくなったいた。それどころか他の部分に大きな損傷がないことからこの二機の実力がうかがえる。
僕はフードをかぶってバギーから出た。二機の巨人のまるで何かを待つ様な勇ましい姿に僕は感動を覚え、彼らの勇姿を見上げていた。
カチッ
後ろから音がした。振り向いてみると男が一人怒りの色をあらわにして立っていた。おそらく二機にやられた盗賊の二機のパイロットの一人だろう。彼の右手には拳銃が握られていた。
僕はとっさに走った。男は銃を何発か発砲したが全て外れた。いや、僕がかわしたのだ。こんなこと一度も経験したことないのにだ。しかし、次の発砲で右足に痛みを感じた。あまりの激痛に僕は地面に転げ落ち、右足を両手でわしづかみにして必死で耐えた。どうやらかすめただけらしいが、これ以上動けない。男は近づいて僕の目の前で止まり構えた。狙いは額である
「ボーズ、ワリーな。これがおれたちの生き方なんでね」
男はそう言い残して引き金を引こうとしたとした時だった。
彼の持っていた銃がまるで何かに押されたように左へ動いた。しかし、それと同時に左肩に激痛が走った。見てみるとジワリと赤いものが左肩からにじみ出てきた。クラリと視界が揺れる。呼吸する度に砂を吸いそうになり気持ち悪い。僕は仰向けになったままで、僕の記憶が途切れた。



遅かった。
山頂で女はスナイパー銃に搭載したスコープをのぞきながら心の中で自らを叱咤した。どうにか死亡には至らなかったにしても彼は撃たれてしまったのだ。
日焼けした肌の彼女はクリーム色の髪を後ろへ流し、相棒であるスナイパー銃を構えて、敵の動きをじっと見つめていた。男は旅人の乗ったバギーに乗り、そのまま走り去った。もう大丈夫だろう。そう判断した女は単独行動のために装着したヘッドセットのマイクに話し始めた。
「こちらクリス。旅人が撃たれた。救急セットを用意しといて」
女―クリス=シェダーはそう言った後、スナイパー銃を肩にかけ、地面に刺さっている紐にフックを付けて二〇メートルくらいある崖をするすると降りて行った。降りるとすぐに自らのバギーに乗り込んだ。運転席にはマヤが座っていた。
「行って」
クリスがそう叫ぶとマヤはアクセルを思い切り踏み二人を乗せたバギーは旅人の方に向かって爆走する。
ふと二人の視界から黒い影が通り過ぎた。例の盗賊の二機だ。一三メートルの大きさを持つ二機には細い溝を通っているバギーの姿を見ることができなかったのだろう。
「ガルフォ、来るぞ。残りの二機だ。保護対象を踏みつぶすなよ」
「わかってる、任せとけ」
威勢のいい男の笑い声がヘッド越しで耳に響く。
「これだから心配なんだよ」
クリスは通信を切りながらそう言った。



ズンズンズン
地面を伝って重たい足音が頭に響いてくる。その音で気が付いた僕は空を見上げた。空は深い青に包まれ意識がぼやけているのを忘れさせてくれるような衝動にかられた。起き上がろうとして左腕を動かそうとしたが、左手に力が入らない。ようやく僕は撃たれたことを思い出す。右腕で起き上がった僕は傷口を右手で抑え、辺りを見渡す。僕のバギーはない。どうやら盗まれたらしい。そして、僕の左側には例の派手な二機が気を失った時と同じ姿勢で立っている。気を失ってからそんなに時間が経ってないらしい。不意に後ろから聞き覚えのある重たい足音がはっきり聞こえる。来る。
崖から二機の巨人が出てきた。例の盗賊のものだ。仲間でないやつを見て、二機の持つ銃が一斉に火を噴く。
派手な二機は素早く左右に分かれて岩陰へ跳んで避けた。僕もまた岩陰を求めて走る。何とか隠れる場所を見つけ、改めて見るとまだマシンガンの咆哮は続いている。しかし、岩陰にいる二機は平然として敵の猛攻がやむのを待っている。
そして、猛攻の勢いが緩んだ一瞬を狙って赤い機体は素早く棒状のものを二本投げた。それらは正確に二つ銃口に入り二丁のマシンガンは爆発した。それを確認するまでもなく赤橙の二機は敵に向かって突っ込んでいった。
火器装備を失った二機も腰の方に人間の手のようなマニュプレートアームを伸ばし、人間サイズならダガーに相当する刃物を持ち、突進を掛ける。
ぶつかる。そう思った矢先だ。赤い機体がオレンジの後ろにつき、その瞬間、赤い奴は跳んでいた。いや、跳ばされたのだ。オレンジの機体が如何にも強そうな太い右腕を思いっきりぶん回して、まるでやり投げの要領で投げたのだ。そして投げたオレンジの機体はその勢いを殺さず、むしろ足に搭載されているバーニヤで地面を蹴ってさらに加速をつけて跳ぶ。投げられた方は足を延ばして盗賊の方へめがけて突っ込んで行った。
盗賊の二機の方はぶつかる手前の距離で行われた行動に対処する猶予などどこにもなく、一機は赤い機体に掴まれていき、もう一機はオレンジの機体の大きな手に頭部を掴まれその場へ倒れこんだ。掴まれた一機と地面との衝突で辺りは砂塵の煙で包まれる。盗賊たちが現れたところまで飛んでいった赤い奴はいったん距離を取り、つかんだやつの斬撃を華麗にかわす。その動きはまるで踊っているようでもあった。敵が懐へ潜り込もうとしていたの見計らって赤い機体はたった一発のけりで相手のダガーを上空へ飛ばした。あっけにとられた敵の頭部を赤い奴は壁に押し付けた。地面がめり込み、敵が動けないのを見るや、上空へ飛んだダガーが赤い機体の右手に収まり、やつはそれを敵に投げ返した。ダガーは持ち主の頭部に刺さり、持ち主はびくりと全身を震わせてから活動停止した。
一方中央の方では敵の怯んだ隙をついて、これまたオレンジの機体は相手の頭部を膝頭に当てる。次の瞬間には敵の頭のような影が宙に跳んでいた。
攻防は三分も経たないほど迅速であっけないものだった。
頭を破壊されたそいつらは胴体から何か黒いものを出し、まるで抜け殻のようにガクッと崩れ倒れた。二個とも十字架のように僕は見えた。
もう大丈夫だと思った僕は岩陰から出て改めて二機を見た。
その時になって、右側から煙が見えた。バギーだ。
僕は右腕を挙げようとした時に激痛が走った。激しい痛いに僕の視界が暗くなった。



バタリと旅人が倒れた。
急いで彼の近くにバギーを止めたマヤは無線でルシウスに連絡をする。あと十五分くらいで着くという。連絡を受けたマヤは彼の方へ向かう。
一方のクリスはバギーの中にある救急キットを探す。
旅人に近づいたマヤは倒れた彼の容体を見てその被害を確認した。被害にあった旅人は形から見て男で左肩に傷を負っている。撃たれたとクリスが言ったからおそらくこれのことだろう。後ろに穴があいていることから、銃弾は貫通したことが一目で分かった。貫通した傷をすぐに止血しないと血液不足と直射日光ですぐに熱中症に陥ってしまう。
とりあえず、マヤはフードをかぶせたまま彼を仰向けにさせようとした。救急キットを用意したクリスが駆けつけてきたのでマヤは彼女と二人で彼をバギーの影へと運んだ。
運び終えたマヤたちは止血のため、マントを脱がす。フードも脱がし、旅人の顔を見た瞬間、マヤは表情が凍りついた。
クリスもまた「ウソ」と小さくつぶやきその手を止める。整った輪郭、少し日焼けをしたマヤと同じ人種の血を持った肌と顔つき、そして少し長いがその澄んだダークブルーの髪。一つ一つ全てが、かつてマヤの前で姿を消した恋人であることを物語っている。半年前に死んだ彼が今、彼女のそばで眠っているのだ。我に返ったマヤは半年前に消えた恋人の顔を見つめながら左肩の止血に入った。



泣いてる。
暗闇の向こうでそれがわかった。
またあの夢か。
そう思った僕はやるせない気持ちになった。いつまでもいつまでも同じ夢を見続ける僕が情けなく感じた。あの子を助けることのできない自分に怒りを感じた。あの夢をみるのは極端なまでに嫌だった。
もうこんな目に会うのはごめんだ。あんな夢を見るなら死んだ方がましだ。
時々そんなことを心の隅に潜めていた。もしかしたら、ここが潮どきなのかもしれない。だったら僕は・・・。
「死なないで。目を開けて」
この言葉で僕は気付いた。違う。これは今までと全く違う。誰かが僕を呼んでいる。傷ついて倒れた僕を。行かなくちゃ、助けた僕を彼女に礼を言おう。行かなくちゃ、彼女の涙をぬぐうために。行かなくちゃ、・・・行かなくちゃ・・・

目覚めたときにはここは砂漠ではなかった。棚に瓶やら道具が並んでおり、薬品のにおいがする。白く覆われたここには小さい窓が一つしかないため、少し暗かった。そしてシャツとズボンだけの姿の僕は白いベッドの上にいた。それだけではない。僕の首に白い布が下がっており、その布の輪に左腕がつられている。
気を失って何が起きたのかわからないが、どうやら助かったらしい。
ゴゴゴ・・・
辺りが小さい音に包まれているのに僕は気付く。乗り物だということは分ったが、その重たい音はバギーにはない。もっと大きなものだ。多分、ヴァルキリーの中で有名な砂上戦艦ルシウスだ。なぜかそう確信できた僕は、ここはこの船の病室か何かの場所だと勝手に締めくくる。
辺りを見渡したが、さっきの声の主は見当たらない。気のせいかと思った時、ふわっ、と匂いがした。振り向くとそこに小さな机があり、女がそこに寝ていた。まだ幼さを残した彼女の幸せそうな寝顔を見て僕はドキッとした。背中の上に乗っかっている黒髪は夕日で輝き、砂漠の妖精を見ているようだった。身長は一五五pくらいだろうか。そして、机に奥に皿とナイフと果物がある。彼女が僕を助けてくれたのだろう。
僕は起き上がり一つしかない窓をのぞいた。そこは砂漠と荒野が広がり右から左へと流れて行く。太陽は赤く輝きながら沈んでいこうとしていた。今までの出来事がまるで嘘のように思え、眺めながら僕の眼から涙が溢れそうになっていた。
「ジュン」
後ろから声が聞こえ、振り向くと机から体を起こす彼女の瞳と会った。とてもきれいな彼女の眼は涙で揺れている。泣いている。
彼女は僕の方に近づいてきて、頼り無げな細い腕で僕の身を包む。それは強い抱擁だった。大事なものを二度と失くさないように強く強く抱きしめる、そんな抱擁だった。
「バカ」
彼女は僕の胸に顔を埋めたまま小さくつぶやく。何度も何度も「ばか、ばか」と言っていた。その言葉に締め上げられるような感覚を僕は覚えた。体だけではなく、どこかさらに奥にある何かが絞められ、しばらく声が出せなかった。
「い・・・痛い」
左肩に痛みを感じた僕は振り絞るように声を出した。
左側の異常を思い出した彼女は離れ、「ごめんなさい」と一言言った。
彼女の言葉に何かまずいことをしたような気がしてしまった僕もまたしどろもどろ謝ってしまい、しばらく沈黙に包まれた。
「ここは・・・?」
沈黙を破って聞いた僕の質問に彼女は「えっ」と意表を突かれたような声を出した。
「ルシウスのメディカルルームよ」
さも当たり前のように答える彼女の言葉に僕は自分の予想が当たったことに喜んだ。
その仕草が彼女にとっておかしいのか、クスクス笑う。
「おかしいかな?」と問うと彼女は涙を拭いながら答えた。
「とっても変。こんな反応の仕方、初めて見たわ」
どういうことだ?僕は以前に彼女と会ったことがあるのだろうか?
僕の戸惑いの表情を見た彼女は不安に思い、とっさにこの状況を打開しようとする。
「まあ、仕方がないよ、撃たれたショックで記憶が混乱してるんだよ」
違う。彼女は僕の疑問に全く応えられていない。ちゃんと以前の記憶も覚えている。先までの戦闘も、それ以前の旅も、最初の記憶まで覚えている。まさか・・・。
「今は寝てなさいそうすれば少しずつ思い出してくるよ」
そうだ。そうに違いない。彼女は知っている。知っているんだ。
「どうしたの、顔色が悪そうだけど。具合でも悪いの?」
心配してくれる彼女のこえは届かない。僕は自分に確信を持った。きっと彼女は答えてくれる。
僕は彼女の肩をつかんだ。その時、彼女の顔は少しこわばっているのに気付かなかった。
「教えてくれ。僕は誰なんだ?」
僕の質問に彼女は意表を突かれたような表情をしただけで何も答えなかった。何度聞いても彼女はただ黙っているだけだった。たまらず、僕がさらに大きな声で同じ質問をすると彼女は軽く悲鳴を発して逃げ出そうとしたが、僕の手は彼女から離れることは無く二人とも床に倒れた。
彼女を蔽いかぶさるようにして倒れた僕はより強く彼女に迫ろうとする。
「教えてくれ。僕は知りたいんだ。自分の過去を。半年前の過去を」
瞬間、体に何かが流れたのを感じた後、除々に僕の意識はまた薄らいでいった。



それはあまりに突然の出来事だった。何が起きたのか、その場にいた私でもすぐにはわからなかった。
突如、彼は意識を失い、彼の体重が私の体に完全にかかったものの、すぐに解放される。その時、ジュンの体がいつの間にか汗でひどくぬれていることに私は気付いた。
彼に阻まれた私の視界が開かれるとそこには中年の女性がいた。少し小じわが目立つが白く生き生きとした彼女の見慣れた肌が私の眼に映る。唯一違うことは彼女の顔がいつもの柔らかい笑顔ではなく医者としての真剣な表情をしていたという点だ。
「母さん」
「睡眠剤を打ちました。しばらく寝ているでしょう」
差しのべられた義母の手を取ろうとしたが震えてうまく動かすことができなかった。
私を起こした義理の母―ユーラ=ボスラーは私を別の席へ導いて、私が座った後、向かいの椅子に腰を下ろす。
席に着いてからも必死で震えを抑えようとする私を見た彼女は無線で何やら話し始めた。
あれは一体何だっただろう。目の前にいた彼はとても半年前まであっていたのとはかけ離れていた。おそらく一種の錯乱状態に陥っていたのだろう。そう自分に言い聞かして、やっとのことで体の震えが収まってきた。
無線を切った偽母は自分の机の上に置いてあるコーヒーポッドに手を伸ばし、マグカップ二杯にコーヒーを注いだ。砂糖とミルクを置き、片方のカップを私に渡してくれる。その時の彼女の顔はいつもの優しい母そのものだった。
「ごめんなさいね。ちょっと目を離していたすきにこんなことが起こっちゃって。これは私の詫びです」
「いいのよ、そんなこと。別に母さんだって仕事で部屋を開けたんだから仕方がないよ」
ミルクと砂糖を混ぜながら私はそう言ったがまだ手の動きがぎこちなくコーヒーの表面に少し白いミルクが見えた。
義母の話によればルシウスはこれから目的地へ最短ルートで通るのだそうだ。そこは隆起が激しく、戦艦をひどく傷つけやすいため、いくら最短でも多くのヴァリキリーは滅多なことではない限り通らないところだった。おまけにそこを通常の1・2倍のスピードで走るのだから傷付くという生優しい事態ではない。それほどまでにジュンの状態が危ういという表れであろうか。私は横で眠る彼の姿を眺める。
「あの表情はとてもいい状態とはいえませんね」
後ろからの母の言葉に私は振り向いた。
「マザーの報告によれば彼は自分の過去を失くしたらしいですね」
そんな、私の口がそう動いていた。だったら私はどう接したらよいのか。
混乱する私を彼女はそっと抱いてくれた。それはとても温かく体の緊張がほぐれていくような抱擁だった。
ああ、いつもこうしてくれたな。昔を思い出させてくれる彼女の抱擁で私は泣いてしまった。これから先の不安におびえるように、そして失くした恋人と再会したことを喜ぶかのように。本当はそうではないにしても、せめて泣いている間は私の恋人のままでいて下さい。そばで寝ている旅人に心の中で謝りながら私は義母の胸の中に押し込めていた想いを涙と一緒に流した。



「くそ」
日がまるで逃げ隠れるかのように沈もうとしている時刻のことだった。一人の男は焦っていた。
“狩り”と名付けた先の旅人への襲撃の際にヴァルキリーが参戦し、計画は失敗。おまけにCW―クロス=ウォーリアーを四機もヴァルキリーに持って行かれた。しかもたった二機に。このまま近くの住居エリア―ポリス、ポレトスでCWを回収されたらすぐさまポレトスからの討伐隊がここを嗅ぎつけ、自分たちの暮らしが壊滅してしまう。
日焼けで黒くなった肌に大粒の汗を一つ流したこの男は盗み出したバギーに自分の拳をぶつける。バンッと激しい音を響かせたがバギーのボディーがへこむことはなかった。
「どうするんですか、お頭!」
彼の部下は黒肌の男に向かって叫ぶ。
叫びたい気持ちを抑え、黒肌の頭目は奥歯をくいしばった。
「早くCWを取り戻さないとまずいっすよ」
もう一人の部下も叫びそれに同調した十一人の部下達が叫ぶなか我慢の限界を超えた黒肌の男は反論する。
「お前たち、戦力もない俺たちにどうやって取り戻すっていうんだ?」
その言葉に部下達ははもごもごと口を動かす。
今の彼らに足りないものは戦力だ。しかもあの機動性だ。奪われたもの以上の高性能のCWでないととてもあのヴァルキリーには勝てない。
八方ふさがりの彼らはいつしか何も言えず藁にもすがる思いだった。
「お困りのようですね」
静寂の中から一つの声が響いた。
盗賊たちは沈みかけた太陽の方へ視線をずらして銃を構えた。
そこには男一人が立っていた。まだ暑さを残すこの砂漠の中でなぜかこの男は黒いコートを着ていた。抜けるほどに白い肌を持った長身の男の他に誰もいないはずなのに盗賊たちは引き金を引くことをためらう。眼鏡越しから盗賊たちを見つめる男の眼は赤く、街で見ればかなりの伊達男だが、この砂漠では死神か何かに見えた。
男は優雅に、そして静かに歩みを刻みながら静かに話す。
「実はあなたたちにお願いしたいことがありまして」
「何だ?」とさっきまでの凄みを失くした頭目の声に男は続ける。
「バギーにつけた発信機を頼りに一人の男を追っていまして」
そして旅人から奪ったバギーに手を触れ、「このバギーの持ち主をね」と言い放つ。その時の男の顔がニタリとゆがんだ顔が一瞬蛇に見え、頭目はぞっとした。
「それで」と完全に戦意を失くした頭目の質問に男は眼鏡を直しながら「捕まえてほしいのです」と言った。
やはりと頭目は思った。あの旅人と目の前の男との間に何か関係があるらしいがこの白肌の男からとても聞く気にはなれなかった。
頭目は「悪いが今の俺達にはCWがない」と言っておひきとり願おうとする。
しかしその時も、さも当然と言わんばかりに男の紅い瞳が笑った。彼は右手を高々と上げてパチンと指を鳴らす。
「ご心配なく。私も少し支援させていただきます」
そう言った彼の背後から大きな影が這い上がってきた。いや、飛んできたのだ。彼の上空を六つの影が飛んだあと、直立の姿勢で着地した。彼らのボディーは滑らかな曲線を描き、人の形により近づいていた。違う点と言えばそれらの背中や脚部についているバーニアパーツとゴーグルをつけたような顔に、先のとがったヘルメット様な頭部だけである。塗装も砂漠の色で統一されていた。
盗賊たちはみな唖然とした。他人のCWを盗んで編成しただけの言わば寄せ集めの彼らにとって軍隊のような統一感を持たせた六機のCWは持ち主である男の財力を図るのに十分すぎる代物だった。
「これはみな様に差し上げます。もちろん、報酬は別でお渡しします」
CWを従う彼はいつの間にか置かれた金属性のカバンを開いた。
その中にある多額の報酬に彼は息をのんだ。それは盗みをしないでも十分一生を暮していけるくらい金の塊だった。それに見合う価値をあの旅人が持っているとは到底思えない。
頭目は黒肌に浮かぶ汗を拭い「あんたは何者なんだ?」尋ねる。
男はまた眼鏡をかけなおしながら「ただの依頼人ですよ」と細く口元をゆがめた。
もう断ることはできない。自分達はとんでもない貧乏くじを引いてしまったのだ。あの旅人を狙ったことに後悔と恐怖に震える手を抑えながら頭目は首を縦に振った。



暗い、とにかく暗かった。このままどこまでも沈んでいきそうなくらいここは深い闇に包まれていた。そして、とても寒かった。どこかで休みたかった。火をともして体を温めたかった。
火。僕にとって、それはあまりいい思い出を僕に与えてはくれなかったような気がする。今ではない、生まれた頃からずっとそうだったと思う。僕の記憶が教えてくれているのだろうか。何でこんなものをいちいち思ってしまうんだ?頭を振って再び僕は考え直した。
そうだ、雄大な夜空を眺めたい。星を一つずつ数えたかった。そうするだけで僕の心は安らげる。この世界にあの星の数と同じだけの人々が僕と同じようにこの夜空を眺めていると思えるとそれだけでさびしくはなかった。彼女もまたそうだった。いつも僕を誘ってくれた。それが僕の唯一の・・・。
彼女?彼女って誰だ?急にその質問が頭の中にのしかかった。
思い出せない。
何度も何度も頭の中で再生を繰り返しても肝心の彼女の顔が欠落していた。
しかしここは決して暗闇というわけではなかった。小さな光が静かに辺りを照らしてくれた。視界の方はぼやけてて何も見えないがさっきの病室であるのだけはなぜかわかっていた。体の奥からそう言われたようだった。そのためか僕は落ち着いていた。
「・・・では、・・・のものが発生していて・・・」
なんだろう。ここに僕のほかに誰かがいた。体を動かそうとしても体がだるくて起きることもその人たちの話を聞きとることもできなかった。ただそこで横になっているこしかできなかった。
「それで・・・では・・・」
彼らの会話もだんだん聞こえなくなってきた。まぶたもとても重い。今は泥のように眠りに就きたかった。今はただそれだけだった。
こんな世界の誰もが欲するただひとつの安らぎを僕は欲していた。
また明日、確かめよう。目が開いた時には今までどおりの旅が続けている自分に戻っていたとしても。僕の体はそんなさわやかな風にさらされながら静かに夢の彼方へと旅立った。



ロバートは暗い部屋の中で愕然とした。ユーラから手渡されたマサトというジュンと瓜二つの旅人のデータによるとジュンのとは全く違う生体リズム―バイオリズムを形成していた。
この地球に住んでいる、いや全宇宙、すべての生き物は脈拍、脳波、DNAなどから形成した固有のバイオリズムを持っている。CWに乗るためにはそのバイオリズムの同一性が不可欠なのである。つまり、バイオリズムがジュンと違うマサトはジュンのCWに乗ることができない。
たとえ記憶をなくしたとしてもバイオリズムが崩れることはほぼない。ロバートはこの部屋で眠る旅人を一瞥してからユーラの方に向いた。
「そうか、彼はジュンではないか」
「はい」と短く言ったユーラの声は少し戸惑っていた。それもそうだ。
深い喪失感を感じながら彼は今の自分が可笑しかった。今まで幾度となく危機を乗り越えてきた。それも自分たちルシウスの力でである。しかし、今の自分を含めルシウスのクルーはそれで乗り越えようとせず、ほぼ幽霊に等しいものを頼りにしている。そんな自分がひどく無力に思い、ため息をついたロバートはユーラに一つ聞いた。
「みじめに見えないか」
彼の質問に戸惑いを覚えながら彼女は首を横に振った。
「必死に生きることはとても素晴らしいことなのですから」
自分の心境を突く彼女の答えにロバートは笑った。そうこれが今の自分のやり方なのだ。たとえ確率の低いことでも全てに己の全力をぶつける。今のここでこの旅人を調べてるのもそれら確率の低いもののひとつである。
用を済ませたロバートはユーラに礼を言って部屋に戻ろうとした時、彼女は急に言った。
「そうでした、彼の身体についてなんですが、妙なんです」
その言葉の意味が理解できないロバートに彼女はボードの画像を見せた。そこには子供の落書きとしか思えない画像が映し出された。混乱している彼にユーラは言った。
「彼の体の内部です。異常がないか調べようとしたんですが特殊な電波に邪魔されてできませんでした」
ルシウスに搭載されているAI―マザーの調べによると旅人の右腕から検出したことのない強い電波が発信されているのだとユーラは言う。
それを聞いたロバートは愕然とした。大抵のジャミングを無効化できるルシウスがばけないのかと。そしてジュンが右腕を残して行方をくらましたことを。
彼は少し微笑んでいた。この旅人がやつらと関係していることを知って。そして、希望はまだあることを知って。





posted by 新月 朔 at 02:23| Comment(1) | 黄昏のクロス・ウォーリアー  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ネーミングセンスの素晴らしさ!!
Posted by 霧山ナツキ at 2012年09月02日 17:09
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